たびにこについて

日本とブラジル、どこで生きていく?|私を救ってくれた夫との出会い


フィジー留学で学ぶことの楽しさに目覚め、人生は自由でいいんだ!と気づき、次に向かった先はブラジルでした。20代前半まで自分の人生について何も真剣に考えることができなかった私が、生まれて初めて人生について考え、壁にぶち当り、気がつけば八方塞がりに‥

 

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ブラジルに 里帰り留学

「日系ブラジル人なんです。」と自己紹介はするけれど、母国語であるポルトガル語が話せない。それまでは「子供の頃に日本に来たから忘れちゃった。」で済まして来たけど、何かダサいかも‥疑問を抱き始めていました。

学ぶことの楽しさを一度知ってしまった私はフィジー留学が終わると、次はブラジルに里帰り留学をしようと決心しました。

ポルトガル語の再習得

ブラジルのパラナ州には大勢の親戚がいたので、親戚を頼ってパラナ州へ。ただ、みんな日系人なので日本語を話します。ポルトガル語を学びにきたのに、日本語に囲まれる日々‥。あれ、私なにしにきたんだっけ?

そんな状態から脱却するため、親戚のいないリオデジャネイロへ。一番仲の良かった一人の従姉妹がリオの大学に通っていたので、彼女のアパートにルームシェアをする形で滞在。休日に大学の仲間との集まりがあると必ず一緒に連れ出してくれ、念願のポルトガル語漬けの生活が!そこから本格的にポルトガル語の勉強がスタート。一度英語を学び話せることになった成功体験が背中を後押ししポルトガル語学校に通ったのは2週間のみ、滞在期間5か月でポルトガル語を再マスターすることに成功しました。

 

▽▽日本語を話さない仲間たちと▽▽

 

コーヒー農園を営む伯父との再会

里帰り留学中に今後の人生に大きな影響を与える出来事がおきました。それはタリーズコーヒーや日本の某大手飲料メーカーなどにもコーヒー豆を輸出している巨大なコーヒー農園を営む伯父との再会でした。

それまでは伯父とじっくり話をしたことがありませんでしたが、初めて伯父の事業の話を聞き大きな興奮を覚えました。

「あのコンビニでいつも買っていた商品はチオ(伯父)のコーヒーだったの?!私知らず知らずのうちに身内が育てたコーヒーを飲んでいたの?!すごい!」

それからコーヒーに興味を抱いた私は、伯父のコーヒー農園に連れて行ってもらい農園や加工工場を見学させてもらったり、伯父の知り合いのコーヒーショップでバリスタ研修をさせてもらったりと、たくさんの経験をさせてもらうことができました。

そして伯父からはこう話を持ちかけられました。

「新しいカフェを立ち上げようと思っているんだけど、立ち上げメンバーにならないか?」

 

ブラジルと日本の狭間で悩む

伯父からの素敵なオファーを受けてこのまま両親とともにブラジルで生きていった方がいいのではと真剣に悩み始めたのがこの頃。

ブラジルにはおばあちゃんもいるし、大勢の親戚が暮らしてる。親戚のみんなは口を揃えて「日本を引き上げて早くブラジルに帰ってこい」という。友達も親戚もいない日本でがむしゃらに働くよりも、両親にとっては友達もたくさんいる住み慣れたブラジルで暮らした方が幸せなんじゃないのかな‥

でもそしたら私は?大好きな友達と遠く離れて一から新しい人間関係をブラジルで築いていくの‥?

繰り返し考える日々。

 

毎日涙が出るほど悩みながらも日本への未練を断ち切ることはできず答えも出ず、結局チオからのあんな魅力的なオファーも断り、悩みを抱えたまま日本に帰国。

日本に帰ると次々と結婚して子供を産んでいく幸せそうな周りの環境に焦りを感じていた。あんなに悩み抜いて日本に帰ってきたというのに、仕事の面でもパートナーという面でも、自分を必要としている場所があるわけではなかったことが苦しかった。フィジー留学で生まれて初めて自分に自信が持てたのに‥この頃には自信なんてすっかり消えてなくなっていました。

 

この頃のわたしはいつも自問自答していた。

 

わたしは一体どこでどうやって生きていけばいいの?

 

▽▽悩める子羊だった自分▽▽

 

夫と出会い、夢が変わる

正確には再会。フィジー留学時代に出会った仲間だったのり( @OkinawaNori )とフィジー留学の同窓会で再会。その頃日本とブラジルで最高潮に悩んでいた私の話を聞いてもらったり少しずつ距離が近くなっていき、お付き合いがスタートしました。

フィジー留学時代から彼のことを知っていて、誰よりもピュアなのにブレない芯の強さがあるところに勝手に憧れていたわたしは、お付き合いすることになったことが自分至上最大のトップニュースだった。

これと同時期にブラジルと日本の悩み問題は解決されました。“ブラジルで生きていった方が両親は幸せなんじゃないのか‥”ずっと両親の意見も聞かず一人で勝手に悩み続けたけれど、いざ話をしてみると両親が、実はブラジルに帰りたいわけではなかったことも発覚。一番大事なのは親戚や友達ではなく「家族(子供たち)」の近くにいることだという。

ずっと悩み続けたけれど、結局はブラジルでも日本でもどっちでもいい。家族とのりと一緒であれば、私はどこでだって生きていける。ずっとどこで生きていくべきかに悩んでいたけれど、問題は場所ではなかったんだと気づくのです。

 

沖縄から東京に出てきて頑張って営業マンをしていたのりと富山の私。遠距離恋愛がスタートしました。

遠距離をしているときは、のりの提案で夢ノートの交換日記をしていました。テーマを決め、テーマに沿って手紙を書き、ありったけの叶えたい夢を書き、相手に郵送するというもの。

自由に世界一周することが夢だった夫の夢がいつしか自分の夢に変わっていきました。

 

のりと一緒にいれば、なんだってできる気がしました。チャレンジすることへの恐怖がなくなりました。わたし一人ではなんの力もないけど、二人だったら最強のチームになれると確信していました。

夢ノート交換日記を始めた半年後には上京し、同棲生活をはじめました。手に職がなかった私ですが、運命の仕事と出会います。

大好きな仕事に出会う

東京で一緒に暮らすことにはなったけれど、仕事何をしようかな…どうせなら時給の高い仕事がしたいな…昔からの癖でそう考えていた私にのりがこう言ってくれました。

 

せっかく働くなら好きなことをしてみたら?

 

この一言により、私が選んだの最低賃金ほど時給の低かったタリーズコーヒーのアルバイトでした。ブラジルでコーヒー農園を見て回り、バリスタの仕事を少し体験させてもらったことでコーヒーの仕事が気になってたのかな。それにチオからのオファーを断ってしまったことがずっと心残りだったんだと思います。

アパートは板橋区だったけれど、都会で仕事がしてみたかった私は池袋サンシャインシティという日本一忙しい店舗に面接を申し込みました。

これが大正解!とても忙しいけれど、従業員がみんな20代ということもあり仕事が部活のような雰囲気でとっても楽しい!何よりもタリーズに置いてあるブラジルのチオ(伯父)のコーヒー豆を自分の手でお客様に売れることが嬉しかった。職場の雰囲気も良く、私はどんどんどんどんコーヒーの仕事にのめり込んで行きました。いつしかコーヒーのお仕事が大好きになっていきました。

 

ナチュラルに決まった二人の将来

東京で同棲生活を送る中で毎日のように話していた “世界一周の夢” 。あっちに行きたいね、こんなことしたいね。世界地図を買って、付箋に行きたい場所を書いて地図に貼り付けて、旅の想像をするのが毎日の楽しみでした。

世界一周をして帰ってきたあとは?結婚して沖縄に帰って沖縄に根付いて生きていこう、これも当たり前のように決まっていたことでした。

ある時、のりとこんな話をしていました。

「沖縄に住むことになったら二人で何をして生きていきたい?」

私の答えはとてもシンプルなものでした。

「ふたりで一緒にカフェのお仕事がしたい。」

 

この会話以降、私たちの未来は決まったようなものでした。沖縄でカフェをやる。夢の世界一周も必ず叶える。

せっかく世界を見て回るならとことん世界のコーヒーやカフェの勉強をしてこよう!

ふたりの気持ちは固まっていました。

 

そして一緒に暮らし始めてから3年後、わたしたちは夢の世界一周をスタートさせました( ˆoˆ )

 

 

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POSTED COMMENT

  1. ブンタカ より:

    お二人は、出会うべくして出合った様ですねぇ~♪
    お互いがお互いを高めあうってとってもステキだなぁ~!!
    夢がどんどん形になって行くのは素晴らしいですね♪

    • YukiNori より:

      ブンタカさん♩
      出会うべくして出会ったのでしょうか‥?
      そうであると信じたいです〜〜!笑
      夢がどんどん形になっていったのは、完全にのりのおかげです( ´◡` )
      私は行動力とか、思考力がとても乏しいので‥
      感謝感謝です♩♩

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